キウイXのつぶやき

今はスーパー戦隊関連、特にルパパト関連の呟きその他をまとめたり考察したりしてます。ルパパトのノエルのスピンオフについて二言目にはしつこく要望してます。

仮面ライダーゼロワン40話感想: 最終フォーム、ゼロツー登場 情報整理でキャパオーバー

えーと、今回は感想というより情報整理でいっぱいいっぱいでとっちらかってる(汗)。

かなりわかりにくかったんだけど、一応こんな感じで理解はしたつもり。

 

・ゼロワンドライバーを引き剥がされた瞬間、或人の脳裏に、これまでゼアが何度もイズの感じた心に反応し続けてきた場面が浮かんだ。(乗っ取られる危機を察知したゼアが或人の心にそう働きかけたのかも?)

・ゼアが乗っ取られて交信不能になった時に、或人は、「そんなイズとゼアはもはや一心同体なので、イズの中にいるはずのゼアを起動させれば再びゼアの力を使うことが出来るのでは?」と考えた。

・そのために、イズに何十億通りものシミュレーションをさせ、どうすればイズの中のゼアを起動させ、アークの予測を超えられるのか模索させた。

・或人はじめ天津、唯阿さん、不破さんが次々とアークによって倒されてしまうのは、現実ではなくシミュレーションの中の場面だった。

・ゼア起動の助けになるよう、或人は前回自分が書いていた、人間とヒューマギアが同じ思いを共有することで生まれ、アークを倒せるはずの新たなドライバーのコンセプトというか理想を書き殴ったノートをイズに渡し、夢を共有させて実現化させようとした。

・シミュレーションを繰り返すうちに(夢ノートがトリガーになり)イズにこれまでなかった感情が生まれて涙を流すに至った。

・その感情がイズの中のゼアを起動させ、イズの耳からゼロツープログライズキーが生まれた(この時点ではまだドライバーは生まれていない)。

・だから、シミュレーションではなく現実にアークが襲来して飛電製作所を破壊した時に、瓦礫の中に立つ或人の手にはゼロツーのプログライズキーがあり、その力でアークの攻撃を跳ね返した(立ち上がった時には持っていなかったけどイズがパスしたか懐から取り出した?)。

・プログライズキーの作用でイズの中のゼア(=イズ)と交信した或人は、イズと手を取り合いあの夢ノートを形にしたいという同じ思いから、ゼロツードライバーを(無から)その手に生み出した。

 

こんな感じでいいのかな?いや、とにかくややこしくて。

1度見終わってわけがわからなくなって、見直して、これを撮ったのが中澤監督だと知ったことが一番ショックだったかな。

だって私が中澤監督を凄いと思う理由の大きな1つが、

<情報整理が抜群に上手くて、その場面の状況をわかりやすく時に付加価値を足して見せてくれる>

だったのに、個人的にごちゃごちゃしてかなりわかりにくかったから(汗)。

 

引っかかったところを一個一個見てみると、頭ではわかったつもりでも、やっぱり疑問だったり感情的な部分でモヤモヤ・・・みたいな部分も多い。

 

例えば或人が前回、何やら勉強して書き込んでいたものは、私はてっきり設計図だと思っていたけどそうではなく、単なる或人の理想というか、あったらいいな的な夢を紙に落とし込んだだけのものだった。

前回、

 

つい1年前まで売れないピン芸人でAIなどの技術的の専門知識なんかないに等しかった或人が、いくらこれまでの蓄積とかイズや博士の助けがあったとしても、すんなりソンな物を作れたら説得力なさすぎる

 

と心配したことは杞憂だったけど、だから良かった、とも単純に思えなくて。

だって出来上がるに至る過程は、これまでの

 

・バックアップのきかない自分を犠牲にしてゼロワンの戦闘データを提供し、妹のイズに今後を託したワズの思いから生まれたシャイニングホッパー

・エイムズの元技術顧問だった唯阿さんがアークの悪の知能を利用して開発し、大勢のヒューマギアの或人を思う善意がその制御を可能にしたメタルクラストホッパー

 

の方がどう考えても重くて技術的にも説得力があり、その二つを軽々凌駕する最終ドライバーの出来上がり方としてはファンタジーすぎて軽く思えて。

それを補うのが「何十億通りものシミュレーション」というイズに対する凄まじい負荷と、その結果の「ヒューマギアが流すはずのない涙」なんだろうけど・・・・。

ここは話数短縮の影響もあるのかな?でもそうとも思えないのが、ここまでゼロワン見てきた正直な気持ちだよなあ、とも。

 

あと、こうやって見てみると、改めてつくづく或人って周囲のお膳立ての印象が強い主人公だなと。

ヒューマギア側の負担に対する或人の負担がどうしても対等に思えないんだよね。

今回も、イズにかかった負荷がそこまで重ければ重かったで

「ごめん!」「許しません」で済むレベルじゃないと思うから。

 

ところで、イズにシミュレーションをさせたのなら、なぜイズはまるで「なぜかはわからないけどこれから起こることを知っている」と戸惑ったりとか、まるでこないだのキラメイジャーのループ回での為朝みたいな反応をしたんだろう?

これがもし、シミュレーションだという認識を消して、より切迫した感情が生まれてるよう追い込むために、彼女自身が自分に課したってことなのかもだけど、そんな覚悟があの或人に伝わっているようには見えなかった。

 

「人と人工知能が1つになる仮面ライダー。これは俺の夢の集大成なんだ。この夢を叶えるまでは死ねないよ」

と語り、自分はなんの科学的根拠も技術的な裏打ちもなくただ

 

ゼロワンを超える

ゼロワン

ゼロツー

 

みたいな願い事を書いただけのノートを渡しただけで実現して貰える或人は恵まれ過ぎていると思う。だから

「叶わないって決めつけたらどんな夢だって叶わない。絶対に叶えられるって信じるんだ」

って説教されても、そりゃあそこまで周りが何でもやってくれる君はそうでしょうよ?って、モヤモヤしちゃうんだろうな。

その分体張ってますってことかもだけど。

 

ちなみに、或人を殺そうと思えばドライバーを奪った時に簡単に殺せたのに悠々と置き去りにしたアークが、そんなに時間を置かずに再び飛電製作所に殺しに来るという、何十億回シミュレーションしてもそこだけは変わらない大前提は、誰の想定なんだろう?

現実もその通りになったんだからその想定は正しかったわけだけど。

 

気の毒だったのは、そのシミュレーションで何十億回も

「無駄だ。もう打つ手なんてない。ゼアでさえ滅ぼされたんだぞ。アークを倒すなんて絶対に無理だ」

と泣き言を言う場面を繰り返された迅かな。

変身出来ないのになぜか棒立ちの或人を繰り返し庇うことでバランス取ってくれてたのかもだけど、もともと仮面ライダーアークゼロは迅がアークを倒すために誕生に一役買ってしまっていたんだから、諦めない或人を引き立たせるために早々諦め発言ばかり繰り返させるのは不憫だし、

「君には誰が復活させたかっていう、わざわざアークも知らないとアピールまでした謎が残っているけど、それは切り札にはならないの?」

ってもどかしく思っちゃう。

 

そんでシミュレーションなら本来、或人の死後を長々やる必要はないんだけど、人間側ライダーが全滅する所まで続けたのは、作劇上単に絶望感を煽るためと、イズに或人の遺体を突き付けて追い込むため?

その前にイズが或人の元を離れて天津たちの元に向かい

「或人社長ならアークを止められるはずです。そのためにも、御社に協力をお願い出来ませんか?」

と言ったのは、何を協力させるつもりだったんだろう?

単に、或人絶命の瞬間に立ち会わせず、次の再会は或人の遺体というショッキングな体験をさせる展開のためだけで、具体的な中身は何もないままだったのかな?

個人的にはせっかく天津も味方になり、唯阿もいて、新たな装備を開発する環境は整っているんだし、彼等もゼロツードライバー完成に何かの形で寄与すれば、より「人間とヒューマギアが同じ夢を見た結果」になると思うんだけど、今回は或人とイズ2人だけで完結してしまったのも、個人的には残念。

それともこの先にまだ、そんな一致団結の場面があるんだろうか?

 

ゼロツーに変身する場面は声に気合入っていて、ああ、最終フォームへの変身は違うな、とかちょっとここまでの道のりを思わないでもなかったけど、是之助と其男に思いを馳せるのなら、或人と特に是之助がどんな関係だったのかがもうちょっとわかるような場面が、もうちょっとあった方が良かったかも。

 

ゼロツーのデザインは、ゼロワンとあまり劇的な変わり映えがしなくて、だから過去のライダーの最終フォームに感じてきたインパクトはなかった。

首元のスカーフを連想させるアクセントはゼロワンの上位互換という感じがして良いけど、なんかファミレスやファーストフード店でチーフとか店長を他の店員と区別するためのマークみたいに見えてしまってごめん(汗)。

 

仮面ライダーアークゼロは予測合戦に勝って今回は倒したけど、滅曰く

「衛星が存在する限り、アークが滅びることはない」

ということは、アークの乗っ取りを解消出来なければ、最終的にはゼアを破壊しないといけないのかな?そのあたりにクライマックスを持ってくるのか。

でも個人的には、次回滅がアークから寝返るのなら、雷も雷電に戻ってゼアを取り戻すみたいな展開があるのなら、そっちが見たい。