キウイXのつぶやき

今はスーパー戦隊関連、特にルパパト関連の呟きその他をまとめたり考察したりしてます。ルパパトのノエルのスピンオフについて二言目にはしつこく要望してます。

ゴーカイジャー ゴセイジャー スーパー戦隊 199ヒーロー大決戦: 感想というか覚え書き

海賊戦隊ゴーカイジャー公式完全読本「豪快演義」から一部参考にしてます。

 

ゴーカイジャー本編は完走したけど199ヒーローも本編にがっつり絡んでいるから押さえなきゃ、と思いながら、1時間21分という戦隊映画単独としては異例の長尺に二の足を踏んでいた。連休になってやっと時間がとれたので、ゴーカイジャー中心の目線で語りたいポイントごとにとりとめなく。

 

■時系列と公開時期

ゴセイナイトのレンジャーキーを持っているのにその認識がなく使ったこともなかった。

→16話でバスコから大量に追加戦士のキーを奪った直後。

17話の冒頭でゴセイジャーの大いなる力を使っている。

→17話より前。

つまり16話と17話の間。ラストにガレオンを見上げるゴーカイシルバーのカットが入るけど、まさに鎧の合流直前のお話。

 

当初、劇場公開予定が5月21日、本編14話の放送直前だった。震災の影響で3週間延期になったために公開日が17話直前と、時系列どんぴしゃになったというのが、ピンチをプラスに反転したゴーカイジャーあるあるその1。

もし当初のスケジュールで公開していた場合、ゴセイナイトのキーが加わっていることが本編より前に判明していたことになる。だけど、「新たに加わった中の1つか」とジョーが言うだけで詳細は語られず、まあそれくらいなら仕方ないかなと。

それに誰もが公開直後に見に行ける訳ではないので、17話の前に多くの人に見終わって貰うことを優先した当初の公開日も正しいんだよな。

 

■ゴーミンも強い

冒頭、ゴセイジャーがザンギャックの攻勢に追い詰められる場面から始まる。行動隊長の姿は見えずゴーミンやスゴーミンしかいないのに「強すぎる。恐らく最強の最強の敵だ」と苦戦しまくっている(ゴセイナイトまで!)のを見ると、「え?雑魚敵の強さ盛りすぎじゃね?」と思いたくなる。けれど、傍らにゴセイグレートの残骸が無残に転がっていて、最終回まで見終わった後だとザンギャックお得意の物量戦込みの強さにロボともども消耗させられたのかなとも思う。

 

■番外戦士たちの消息

そこにスーパー戦隊第1作目のゴレンジャーと2作目のジャッカー電撃隊を代表してアカレンジャーとビッグワン、まさにスーパー戦隊の歴史を代表するツートップが助太刀に入る。

更にデカマスターを始めとする番外戦士たちも駆けつけ、ここは自分たちに任せて他のレジェンド戦士たちと合流するよう促す。

デカマスター=ボスと言えども大先輩には敬語なんだというのがちょっと新鮮だった(笑)。

本編のデカレンジャー回やシンケンジャー回では、ボスや薫姫の変身能力がどうなったのか、はっきり描かれてはいなくて気にする人も少なくなく、当時の掲示板でも議論されていた記憶がある。それら番外戦士と言われる正規メンバーから外れたイレギュラー的な戦士たちの消息がはっきり描かれたのがこの199ヒーロー。

彼らは別働隊として本隊とは離れた場所で戦っていて、だけどザンギャックの大艦隊を駆逐する時は本隊と心と力を1つに合わせていた。そんで変身能力はやっぱりレンジャーキーになって宇宙に散らばっていたんだな。

彼らのキーが実はバスコの元にあるというのも本編16話ラストで示されていて、当時はかなり衝撃的だった。

あとゲキレンジャーのリオメレは、戦隊の戦士として位置付けるか否かについてネット上意見が分かれていたけど、晴れて公式から番外戦士として認められたんだな(涙)、という感慨もあったと思う。

 

ゴセイジャーOP

本編1話冒頭と同様に、34戦隊の戦士たちが大集合した場面。竹本監督によれば本編パイロットの中澤監督に映画用にある程度撮って貰い、他にも本編で使われなかったカットや追加撮影分でもう1つのレジェンド大戦を構成したとのこと。気が遠くなるような大変なパズル。

ゴーカイジャー本編とは違い、この199ヒーローでは戦士たちがザンギャックの大軍に向かって一斉駆け出すのと同時に、ゴセイジャーのOPが流れる。

 

愛する星を守る為生まれたさだめさ

夢見る事を誰も邪魔できない いつでも

羽ばたけ覚悟は出来てる

一つになるのさ 地球の平和を目指して

 

本放送時には正直なところ、歌詞にゴセイ独自の個性がイマイチ感じられないのがちょっと不満だった。

でも、反面それは全戦隊の最大公約数的な意思をストレートに網羅しているということでもある。それでいてこの実質VS映画の先輩側戦隊かつレジェンド大戦の主人公としてしっかりと34戦隊を代表する形にもなっているんだよね。

それがこの場面の挿入歌として奇跡のようなハマり方をしているように思えて、当時鳥肌立った。竹本監督のここぞという場面での挿入歌の使い方は神懸かってるなと思うことが多い。

 

アカレッド

レンジャーキーとして宇宙全体に散らばった戦士たちの力の行方を、アカレッドが独り宇宙で見守っている。キー1つ1つの行き先をある程度この時点で把握し、ガレオンなど装備を整えてから星から星へと渡り歩いて回収していったのかもしれない。

逆に言うとアカレッド自身がキーに辿り着くナビかセンサーになっていて、彼以外が見つけ出すことは不可能だったってことなのかもな。

 

■レンジャーキー争奪戦

時は流れて、それらの力を受け継いで地球に来たゴーカイジャーたちがレンジャーキーを使いまくって戦っている場面。ザンギャックとしての劇場版向けの行動隊長はいない代わりに、バリゾーグとインサーン両名が戦闘員たちを率いてこの時期としては特別感を演出してる。

マベの掛け声が所々まだ高くて今聞くと本当にマベの声なのか戸惑うのも、撮影時期が早かったんだろうな、とほっこりする。

 

海賊たちが敵を前にゴセイジャーにチェンジしようとキーを取り出した瞬間を狙って強奪。

私はゴーカイ贔屓ってこともあるけど、このタイミングはちょっとないわ・・・と思った。

元々私の感覚は本編27話の鎧の主張に近くて、元は自分たちの力だったとしても、宇宙に飛び散って取り戻せなかったものをマベたちが命がけで集めたのであって、ちょうどそれらを持って地球に来たからと言って、力尽くで奪おうとするのはどうなの?というもやもやは、レンジャーキーを廻って対立するたびにあったんだよな。それで「正義は勝つ!」とか言われてもな、と。

その後もアラタがガレオンから宝箱ごと持ち出してマベとの奪い合いになったところを黒十字王に狙われ、宝箱ごとレンジャーキーをた奪われる原因になったりして、「地球を守るためにはお宝探ししか頭にないだろう海賊からキーを奪うのもやむなし」という気持ちは薫姫と同じで、それが大義名分だというのも分かるんだけど、キーを廻る対立を描くためにゴセイ側が若干割を食った印象。

ロボ戦ではシーイックゴセイグレートとゴーカイオーの海賊モチーフ対決に、海賊たちからのブーイング込みで笑ったけど。

 

もっとも、ゼンカイジャーでゾックスたちの海賊行為を見た後だと、海賊とはああいう奴らという見方が一般的で実力行使しかないと考えても仕方ないのかなって気持ちも以前よりは強くなったかも。

 

■殿下とダマラス

今回のメイン敵は黒十字王で、

ザンギャックは彼と手を結ぶものの以後は前面に出て来ない。

でもギガントホースに黒十字王が乗り込んで来た時、怯みかけた殿下にすかさず「ここは次期皇帝に相応しき威厳をお見せ下さい」と冷静にハッパをかけるダマラスの頼もしさと、それに応えていつものコミカルさを控えつつ毅然と渡り合う殿下の凛々しさが好き。

 

■レジェンドたち

レジェンドゲストは破格の大盤振る舞い。

レジェンド大戦直後は、変身が解けたアラタたちの元に、ゴーオンイエロー楼山早輝、ボウケンレッド明石暁、シンケングリーン谷千明、シンケンゴールド梅盛源太が集まって、レジェンド大戦の顛末と自分たちの変身能力が失われたことを説明した。

現代では、デンジブルー青梅大五郎、リュウレンジャー天火星・亮、デカピンクのウメコの、それぞれ出張あんパン屋、中華料理屋、宇宙警察官という現在の姿が描かれ、リストラされて人生に絶望した元サラリーマンを共に励ます場面が描かれる。

3人が偶然鉢合わせして、1人を口々に熱く励ますのは若干唐突感もないわけではない。けれど現職警察官でもあるウメコの、倒しても次々脅威が襲ってくる現実を認めつつも「今よりほんの少しでいい、未来を美しく幸せな世界にしたい」という慎ましやかで等身大感もあるヒーローらしい願いが、大震災3ヶ月後に見た当時は、凄く沁みた。

 

199ヒーローの企画は、途中からゴセイジャーが前面に出てきた印象がある。そんでこの3人は他のレジェンドより出番が多めで、かつ演じる役者さんが全員アクションがかなり得意な方たち。

だから、当初は彼らにもっと大暴れして貰い変身出来なくなったヒーローたちのあり方を見せる予定でオファーしたけれど、途中でVSゴセイの形に方向転換したため、せめてもの活躍確保の意味もあってこういう形にしたのでは?という説もあって、個人的には説得力を感じた。なお3人のうちレジェンド回が済んでいるウメコ以外の2人は、その後本編と劇場版でたっぷりアクションを披露している。

 

■温厚派と武闘派

黒十字王によってゴーカイ&ゴセイ両チームはバラバラな場所に飛ばされる。組み分けは

 

マベとアラタ→時の止まったオフィスでブラジラと対決

ハカセ&アイムとハイド&エリ→断崖の吊り橋でタゴンと対決

ジョー&ルカとアグリ&モネ→東映太秦撮影所でヨゴシマクリタインと対決

 

と、ダブルレッド、温厚派、武闘派に綺麗に分かれた。

ゴーカイ本編の7、9、10話がハカセとアイム、ジョーとルカのコンビ回が続いたのは、時期的に劇場版撮影と被ったとの事情もありそう。

温厚チームは爆撃で橋から落下したハカセをハイドが助け、エリをアイムが助けたことから、互いに相手への悪印象を改めて、ごくごく穏やかに紳士的に協力体制に移行し、ハカセのアイディアで天装術のカモミラージュを使い戦闘員たちを自分たちに錯覚させタゴンを撹乱し、撃破する。

武闘派チームは、特にルカとモネがシンクロしまくるが故に衝突するも、やがて逆にその以心伝心ぶりを活かして共闘する方向にシフトする。黒十字王の僕として蘇ったヨゴシマクリタインに町娘に扮してサインをねだり、油断して武器を手放したところを連携攻撃。本編では冷酷なラスボスだったヨゴシマクリタインもここではガイアークらしい緩さがコミカルで、クスッとする。

各キャラの個性でチーム分けしたことによって、それぞれの歩み寄り方とピンチの打開方法の色分けがより鮮明で補色みたいに互いに引き立て合い、見ていて楽しかった。

 

■ダブルレッド

マベとアラタは何度目かのブラジラの、相手の位置はわからないのにこちらの位置は的確に狙われる攻撃に苦戦。

マベはダメージを食らったアラタに「寝てろ!」と言って1人で攻撃を引き受け、エレベーターの中の親子を庇って敢えてダメージを食らう。

それを見たアラタは、自分たちと同じく人々を守りたい気持ちがあるのだと海賊への見方を改めてそのピンチを救い、ビービーを使って自分たちの位置を把握していた敵のカラクリを見破り、マベに一目置かせる。

誤解していたと詫びるアラタの鼻を、マベが照れ臭さのあまり皆まで言うなと言わんばかりにピシッとやるのがマジで痛そう(笑)。

そんで反撃に転じ、力を合わせてブラジラを撃破。

ベタだけど、直前までロボ戦と等身大戦ともどもガッツリ敵対していた2戦隊が、黒十字王が与えたピンチによって心を1つにして戻って来たの、いかにもVSのフォーマットど真ん中って感じで好き。

 

■VS33戦隊

黒十字王は奪ったレンジャーキーを実体化させて2戦隊にぶつける。レジェンド大戦の布陣からゴセイジャーを抜いただけの33戦隊に立ち塞がれて「なんか私たち悪者みたいじゃん」とぼやくモネ。確かにレジェンド大戦ではそこ、構図的にザンギャックがいた位置だよなと(笑)。

 

先輩たちから一斉に必殺バズーカを浴びせられながらも、その爆炎から飛び出して必殺技を浴びせると、やはりレンジャーキーに戻ると確認した海賊と天使たちはここからたっぷりその反撃を見せていく。

1人VS1戦隊×10=100人倒す→ゴセイナイトVS追加戦士チーム→アイム&エリVSピンク&ホワイトチーム→ルカ&モネVSイエローチーム→ハカセ&アグリVSグリーン&ブラックチーム→ジョー&ハイドVSブルーチーム→マベ&アラタVSレッドチーム

 

と、カラー対決が正直ちょっと長い?と思わなくもないけど、そう思ってしまうのが申し訳なくなるくらい贅沢で見ていて楽しい。今やってるゼンカイジャーでも物量的にここまでやれるだろうかと思うと、それだけでも凄く貴重な映像だなと。

 

■11戦隊からget

倒された実体化戦士たちはレンジャーキーとして宝箱に戻ったけれど、黒十字王は巨大化し、その爆撃の破壊力に変身解除させられてしまう海賊と天使。

その時、宝箱の蓋があいてレンジャーキーから発せられた光が辺りを包み、マベたちは、無数のレンジャーキーが浮かぶ例の真っ白な空間の中へ。

そこに次々と浮かび上がり、励ましを送るのが、アカレンジャー海城剛、ビッグワン番場壮吉、ゴーグルブラック黒田官平、ダイナピンク立花レイ、レッドワン郷史朗、レッドターボ炎力。

なんか誠さん宮内さん春田さんという初期スーパー戦隊の礎を築いた功労者方々のリレーを見ただけでもう感無量(涙)。

マベが「俺たち海賊を仲間に入れてくれるってのか?」とマベが問うと、大五郎、亮、コウメも、更にチーフや早輝や千明に源太も頷く。

これを以て、これらレジェンドたちの所属する11戦隊の大いなる力が大いなる力がゴーカイジャーたちに託されたことになる。ラストのロボ戦でゴレンジャーの大いなる力を使いゴレンゴーカイオーになったのがその証、ということなのかな。劇場版だけだと若干わかりにくいかもだけど、本編17話冒頭で、改めて明言された。

 

■全戦士@雛壇

背後の崖に雛壇状態に並んだ先輩戦士たちの前で2戦隊も変身し、番外戦士を除く180人近い全戦士が1カットに収まった場面は壮観。その力が結集したスーパー戦隊バズーカで巨大化黒十字王を撃破。

でもその力が消えて元の宝箱の中に戻った時、更に巨大化した

黒十字王の真の姿、黒十字城が出現し、街を破壊し始める。

2戦隊のロボが応戦するも相手が大き過ぎて歯が立たない。・・・レジェンドの皆さん、ちょっと宝箱に戻るの早まったんじゃ?とちょっと思った(笑)。

なお、竹本監督はこの大集合で満足せず、EDラストでは番外戦士も含めた全戦士を改めて並べた雛壇カットを使っていて、もうホント恐れ入りました。

 

■奇跡

トンネルに避難して戦況を見守っていた人々から絶望する声が上がると、中学生になった望が、1年間その戦いを見守ってきたアラタたちへの信頼から諦めるなと励まし、先ほどレジェンドたちに励まされた元サラリーマンがそれに続く。そんで大五郎にあんパンを貰っていた幼稚園児たちの声援に、大人たちも負けじと声を張り上げると、ゴーカイオーとゴセイグレートのエネルギーが跳ね上がる。

最終話まで見た後だと、これもそれぞれレジェンドたちに勇気を貰った一般人たちの諦めない気持ちの籠もった応援が、戦士たちを支える力として届き、奇跡を産む構図なんだなと思う。

そんで園児の1人が持っていた「お父さんが子供の頃に遊んだ戦隊ロボの玩具」と、元サラリーマンの持っていたバリブルーンの玩具が光を放ち、空へ飛び立つ。街のあちこちからもたぶん同じように大事にされていたロボの玩具が次々に光を放ちながら集まって、全戦隊の巨大ロボとして実体化する。

本編では意外なほど奇跡というものには頼らなかったけど、ここでは奇跡が最大限に効力を発揮するのも、劇場版ならではの特別仕様って感じがするし、ここまで規格外だともう圧倒されて、ただただ有難いとしか言えない。

 

空前絶後のロボ戦

黒十字側も巨大化した過去幹部を10体以上出してもう何がなんだかの凄い状態。えーとなんかブラジラさんとかブレドランさんとか複数いらっしゃるような気がするんだけど人数合わせ?(笑)

戦隊ロボは、古くて新撮が出来ないものは過去映像とか駆使して意地でも全部動かしてる。

最初に特攻を跳ね返されてダメージ食らって離脱したゴセイナイトが若干割を食った感あるけど、ここは全部1号ロボで統一したかったんだろうな。

この空前絶後のロボ戦を成立させた竹本監督、ホント凄い。

宇都宮Pはこの映画を作るに当たって、全戦士を出すだけでなく全ロボを出したかったとのことで、それを「竹本にしか出来ない」と任せた。それに見事に応えた竹本監督について「<199>については竹本さんの映画です(きっぱり)」と断言している宇都宮Pが格好いい。

 

■マベ、デレる

黒十字城にゴレンゴーカイオーでトドメを刺し、勝利した2戦隊に人々が口々にありがとうと手を振る。

先輩戦隊らしくごく自然に嬉しそうにそれを受け止めている天使たちと、なんだか居心地悪いんだけどだんだん悪い気しなくなってきた感じの海賊たち、特にマベの対照的な姿が微笑ましい。

 

ラストは天使が海賊に自分たちのキーを託し、すっかり打ち解けて、信頼しきってる。第一印象が悪くツンデレなメンバーも多いけど、懐に入ると気さくで気の良い奴らだというのは、もうすっかりお見通しな感じが微笑ましい。

マベはアラタを船首で風に当たらせていて、「いつでも来ていいんだぜ」と史上最大級のデレを見せている。実は寂しがりの懐きたがりなんだよな、と思うと可愛い。

 

■メッセージ性の強さ

諦めない。辛くても希望を捨てない。ヒーロー番組で追い込まれた時の普遍的なメッセージではあるけれど、199ヒーローは特に、その表現がダイレクトで強いな、と感じる。

311の大震災が起こったのはこの映画の撮影半ばで、宇都宮Pは「この映画を撮ってる場合じゃないんじゃないか、世の中にはもっと大事な事があるんじゃないか」と迷われ、それを竹本監督らスタッフ、キャストから「そんなことないです」「大事なことです」「今だからこそやるべきです」と励まされたとのこと。そういう現場の思いが作り上げた映画だと。

だから、脚本自体は震災前に書かれたはずだけれど、「この映画が、より<今やるべきこと>であるためには」という意識が現場でより強く反映された結果かもしれないと思う。

 

■物量にも励まされた

ストーリーも良かったけど、200人近い戦士と全戦隊のロボが動くところを見せて貰えた、それだけでも大きな価値があったと個人的には思う。

ザンギャックの最大の強さはその物量だったけれど、この映画に関しても、目の前で次々繰り出される圧倒的な物量に圧倒され感動して励まされた部分は間違いなくあった。こんなに大変な中、これほどの物を頑張って作り上げてくれたのかと。

その物量は今見ると、そこまで特別なことという受け止め方にはらならないのかもしれない。

でもパイロットの中澤監督の「<全部のヒーローを出すよ>と言われたときは狂気の沙汰かよと」という感覚が、恐らくゴーカイジャー前の一般的な感覚だったと思う。

そんな大変な思いをしながら作られた本作が、私たちの感覚を「そんなに特別なことでもない」に変えてしまったんだとしたら、本当にお疲れ様でしたありがとうございますと思わずにいられない。

ゴーカイジャーはいろんな無茶を突破した作品だったけど、間違いなくこの映画もその筆頭だったと思う。